【感想】『春期限定いちごタルト事件』【ネタバレなし】
小市民を目指すぼくにとって最大の難関は、この解きたがりな性格だろう。
ー 米澤穂信『春期限定いちごタルト事件』より
今年の目標のひとつに米澤穂信の全作品を読破するということを立てた。 米澤穂信さんは元々「〈古典部〉シリーズ」から入って、好きな作家さんではあるものの、「〈古典部〉シリーズ」以外は単品モノしか読んでおらず、他のシリーズも読んでおきたいということで、目標にしてみた。
その第一歩として、「〈小市民〉シリーズ」の1巻にあたる『春期限定いちごタルト事件』を読んだので感想を綴っておく。
なんとなく想像していた作風とは違ってて、いい意味で裏切られた(わたしが勝手に作品の雰囲気を履き違えてただけなんだけど)。シリーズものとして楽しめそうだ。
本の紹介
本書冒頭に記されているあらすじより引用。
小鳩くんと小佐内さんは、恋愛関係にも依存関係にもないが互恵関係にある高校一年生。
きょうも二人は手に手を取って清く慎ましい小市民を目指す。それなのに二人の前には頻繁に奇妙な謎が現れる。
消えたポシェット、意図不明の二枚の絵、おいしいココアの謎、テスト中に割れたガラス瓶。名探偵面をして目立ちたくないというのに、気がつけば謎を解く必要に迫られてしまう小鳩くんは果たして小市民の星を掴み取ることができるのか?
『さよなら妖精』の著者が新たに放つ、コメディ・タッチのライトなミステリ。
感想
作品を読む前から、わたしはなんとなくこの物語のあらすじを知っていた。すなわち、平穏無事な生活を送る「小市民」を目指す高校生が、日常に潜む謎を解いていく物語、というあらすじだ。
「〈古典部〉シリーズ」が好き、もっと言えばそのシリーズの主人公・折木奉太郎をもはや尊敬しているといっても過言ではないわたしからすると、このあらすじだけ聞くと「〈小市民〉シリーズ」はかなり「〈古典部〉シリーズ」に近い作風、世界観になるのかな?と思っていた。ぶっちゃけ「設定カブってね?」とまで思ってた。
なぜならば、折木奉太郎の座右の銘は「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」。徹底した省エネ主義者だ。彼の行動原理は常に、余計な労力、エネルギーを使わないことに沿っており、それは見方を変えれば平穏無事に過ごしたいという「小市民」的なスタンスを取り続けることだと思う。
折木は別に「小市民」になりたいわけではないが、そのスタンスではあれば面倒に首を突っ込む必要もなく、結果的に省エネにつながる。そういう意味では目的は違えど、外から見れば「〈小市民〉シリーズ」の小鳩くんと「〈古典部〉シリーズ」の折木はかなり近い立ち位置なんじゃないかと勝手に思っていた。
おまけに2人とも高校生。かつジャンルも青春日常系ミステリー。もう駄々カブりである。
だが実際に読んでみて、その印象は大きく変わった。なるほど、確かにこれは別モノだ。「〈小市民〉シリーズ」はよりキャラが立っており、「キャラモノ」感の強さを感じた。
今年の目標 #米澤穂信 作品読破。
— ありひと (@rihito_ymoymo) 2020年2月7日
その一歩として『春期限定いちごタルト事件』を読了!
初の<小市民>シリーズですが、なるほどこういう感じなのか。確かに古典部シリーズとはまた違った日常系ミステリーだ。
小佐内さんを愛でる小説かな?(笑)#読了#読書好きな人と繋がりたい
まず小鳩くんと折木との比較で言えば、彼は自分の欠点を直すために「小市民」を目指しているところが折木と違う。
折木は省エネであることを美徳とし、それを確固たる自分の信念として貫いている。どちらかといえば前向きに「小市民」的な人生を送ろうとしている。
一方、小鳩くんは本来の性格は「でしゃばり」「謎解き大好き」「自分の知恵の高さを周囲にひけらかすことに快感を感じるタイプ」なのだが、その性格が祟ってどうやら中学校時代に痛い目を見たようだ。
そのトラウマから二度と同じ過ちをしないようにということで、自身の性格矯正のために「小市民」を目指している。割と後ろ向きな理由だ。
そのトラウマがあることはシリーズの1巻にあたる本作でほのめかされるわけだが、何が起きたかまではまだ明かされていない。
なぜ、小鳩くんは「小市民」を目指すようになったのか?が本シリーズの背景にずっとある大きな謎としてこれから話が進んでいくのかなと勝手に思っている。
ちなみに「〈古典部〉シリーズ」の折木が、なぜ省エネ主義になったのか?はもうシリーズ内で明かされており、シリーズ最新巻にあたる短編集『いまさら翼と言われても』に収録されている。
短編集なので、一話のなかで収められているのだが、この話がまた米澤穂信らしいビターな残酷ささ感じさせつつ折木のキャラに深みを与えててとても良い。わたしの中で「〈古典部〉シリーズ」の中でも1、2を争って好きな話だったりする。
閑話休題。本作『春期限定いちごタルト事件』のキャラ立ちを感じたのは、小鳩くんだけが理由じゃない。
ここまで一切触れてこなかったが、本作にはヒロインがいる。小鳩くんの同級生、小佐内ゆきだ。
見た目も動きも小動物的な彼女も、小鳩くんと同じく「小市民」を目指し、2人はある約束のもと常に行動を共にしている。
当然、彼女にも「小市民」を目指す理由があるのだが、その理由につながる彼女の設定がなかなか「そうきたか!」と思わせるもので、わたしの中で本シリーズを「キャラモノ」にカテゴライズさせたのもこの小山内さんの存在が大きい。
その気になる彼女の設定については、できれば読者さま自身に初読の衝撃として味わって欲しいのでここでは控えておくことにする。(ググったりしたら、すぐ出てくる内容ではあるんだけど)
ただ誤解しないでほしいのは、キャラだけの小説では断じてない。日常の些細な謎でありながらも、米澤穂信らしい理詰めで練られたミステリーとして成り立っている。その点、ミステリーファンも安心して読めると思う。
本シリーズはタイトルに四季とそのときの限定お菓子の名前が入っており、現在、シリーズ3作目にあたる『秋期限定栗きんとん事件』まで出ているらしい。
それが出たのも、もう10年以上前でファンの間ではおそらく最終作になるであろう『冬期限定◯◯事件』の発売が心待ちにされているようだ。
そんな中、わたしが今回『春期限定いちごタルト事件』を読んでいる最中に、タイムリーに新巻が発売されたみたい。残念ながら、冬期ではなく外伝的な位置づけらしいが、昔からのファンはさぞ嬉しかったことだろう。
新巻に追いつくのが楽しみだ。