【書評】『アヒルと鴨のコインロッカー』【ネタバレなし】
『儚い羊たちの祝宴』『ボトルネック』と続き読み直したのが今回紹介する伊坂幸太郎の『アヒルと鴨のコインロッカー』。
何を隠そうワタシが読書に目覚めたのは伊坂幸太郎の小説のおかげと言っても過言ではないので、なかなか思い入れの強い作品である。
持ってる小説の中でも読み直した回数は上位に位置する本作だが、やっぱり何回読んでもいいすね。
本の紹介
本書のあらすじをザッと書くとこんな感じ。
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高校を卒業し親元を離れ、この春から大学生として一人暮らしを始める椎名。新たな生活に希望と不安を抱える彼は引越し先のアパートで奇妙な隣人河崎に出会う。
整った容姿と謎めいた雰囲気を持つ悪魔的な
河崎は会って間もない◯◯にこう声をかける。
「本屋で広辞苑を盗まないか?」
時は遡り2年前。ペットショップで働く快活な女性 琴美とその恋人であるブータン人のドルジは、ある日世間を騒がしているペット殺しの犯人と遭遇してしまう。
顔を見られてたことで、彼女たちは犯人たちから目をつけられてしまい、トラブルは大きくなっていく。
そして現在と2年前、椎名と琴美の物語は徐々に交差していく。
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本作品は、現在の椎名視点と2年前の琴美視点が交互に変わりつつ物語が進んでいく(カットバック方式というらしい)。
ジャンルはミステリーだと言えるだろう。椎名と河崎、琴美の物語は一つに繋がっていくわけだが、それがどんな物語なのかが本作の謎だ。
作品の魅力
本書の魅力を一言で言えば、名残惜しさを感じつつも爽やかな読了感だ。前回紹介した『ボトルネック』とは大きな違いである。
誤解しないでほしいのは、爽やかといっても本書は決して明るい話ではない。ネタバレありであらすじだけ書いたとしたら、決してハッピーなストーリーだとは感じないだろう。
それでも読んだ後に爽やかさを感じるのは、登場人物のテンポのよい会話劇により、全体の物語が見えてくるのが、とても鮮やかで爽快だからだ。
本書はミステリーと言っても探偵役がいるわけじゃない。なので誰かが謎を解説してくれるわけではなく、登場人物の会話劇から少しずつ物語の全容が見えてくる。その過程はパズルを解くのに近い。
読者は読み進めるにつれて「あ~だからあんなこと言ってたのか」とか「あの言葉の意味はこういうことだったのか」といった散りばめられたピースが埋まっていくのを快感に感じるわけだ。
もうひとつの理由は、著者の死への観念や表現が軽いからだと思う。
これは著者が人の生死を軽んじてるというわけでは決してなく、敢えてあまり重たく捉えないというか、ある意味ドライなのだ。
これは本書に限らず伊坂作品全般に通ずる。
例えば、著者の代表作『死神の制度』ではちょっとズレた主人公の死神が「死を恐れる意味が理解できない」的な価値観を持っているが、伊坂作品の多くは常にこの感覚がベースにある気がするのだ。
一方で、「いじめ」や「カツアゲ」、今回テーマとなってる「ペット殺し」といった人間の残虐な営みについてはとても重たく、ドロドロとした陰鬱なものとして書かれる。
伊坂幸太郎からすれば自然的な死よりも、「いじめ」や「ペット殺し」といった人間特有の行為の方がよっぽど忌むべき対象なのかもしれない。
以上が本作の魅力である。会話劇の面白さ、文体の読みやすさ、そしてミステリーとしての鮮やかさ、どこをとっても万人にオススメできる作品だ。